今TVでドイツ人が「日本人の『頑張って』は祈るような気持ち」と言ってハッとした。よく「頑張ってるのにこれ以上頑張れ言うな」って聞くけど、そうじゃない。貴方の頑張りが報われるように願う祈りを込めて「頑張って」って、俺は言ってたんだ。言葉が足りない俺の気持ちが言葉になった気がした。
相手への理解ってのは
相手のすべてを受け入れるということではない。
「こういう人なのだ」と明らかにして許すこと。
「明らかにして許す」ことが「あきらめる」の原語であるという説もある。
「いつ死んでもええ」というのは悟りではない。悟りとは、平気で生きる事。
この国には『イヤなものはイヤと言える人が少ない』だけでなく『イヤと言える人のことが許せない人が多い』
もうひとつ、お風呂の中で不覚にも泣いてしまった場面があった。それは赤塚先生が人気絶頂の頃、時は1973年。「少年マガジン」に連載中だった『天才
バカボン』の出来上がったばかりの原稿を、編集担当者の五十嵐さんがタクシーの中に置き忘れてしまう。売れっ子の先生だからもう〆切はギリギリのギリギ
リ。編集者も徹夜徹夜で付き合ってるからそんな一大事も起こってしまうのだろう。どのタクシー会社だったかも判らず、顔面蒼白になって謝りに戻って来た五
十嵐さんに、赤塚先生はこう言った。「まだ時間はある。飲みに行こう!」。そして酒場に行ってもギャグを言い続け、意気消沈している五十嵐氏を励まし続け
たという。
やがて朝になり飲み屋から戻ると、「大丈夫。ネーム(吹き出しの中に書いた台詞やト書き)が残ってるからもう一度描ける」
と、先生はもう一度ペン入れを初め、再び同じだけの時間かけて仕上げる。そして五十嵐さんに手渡すのだが、その時の台詞が素晴らしい。「二度目だから、
もっと上手く描けたよ」。TV等で良く見た、あの笑顔が眼に浮かぶようだ。これだけ書くと、底抜けに優しい人というイメージかもしれない。けれど僕はそれ
だけじゃないと思う。赤塚不二夫は、モノを作る苦しさも楽しさもすべて知り尽くしていた。また、それが決して自分だけの力で成り立っていないことも知って
いたのだ。
1.「意地悪されるたびに 親切にしてやったら どうだろう」
2.「他人にできて、君だけに できないなんてこと あるもんか」
3.「いっぺんでいいから 本気で悩んでみろ」
4.「毎日の 小さな積み重ねが 歴史を作っていくんだよ」
5.「人にばかり頼っていては いつまでたっても 一人前になれないぞ」
6.「どっちも自分が正しいと思っているよ 戦争なんてそんなものだよ」
7.「ほんとのファンなら 落ち目のときこそ応援しなくちゃ」
8.「過ぎ去った時間は もう二度と帰ってはこないんだ」
9.「悩んでいるなら 一つでもやりなよ」
10.「何にもしないで いきなり偉くなれると思うのかい」
人は子どもの頃、他人が自分をどう扱ったかで自分の扱い方を学ぶ。
そして大人になったら自分で自分をどう扱ってるかを見て、
他人はあなたの扱い方を決める。
自分自身の人生を振り返って、思うことがあります。
受験でも、恋愛でも、仕事でも…。
結局、「戦った」「頑張った」…というあとには、必ず、何か、いいものを得ているのです。
戦っていない人、何もしていない人が、何かを得ることは、決してありません。
泣いても、わめいても。どんなに逃げても…。
人はいつか必ず、どこかで戦わないと、ダメなんです。
そしてそれは、どんなに小さな行動でもいいんです。
一年前に、失敗しても。
一週間前に、うまく行かなくても。
昨日、何もできなくても。
決してくじけず、ただ今日は、昨日より、ちょっとだけ行動しよう。
そう思うことが、何より大切なんですよ。
あなたが会う人は誰でも何かを怖れているし、誰かを愛しているし、何かを失った人